近年、経営者の高齢化に伴い、相続だけでなく「事業承継」の問題も深刻化しており、承継時にトラブルが顕在化するケースが増加しています。今回は、事業承継のトラブル事例や背景を整理し、トラブルを未然に防ぐための対策のポイントを説明します。
近年、中小企業の経営者の高齢化が進むなか、事業承継を円滑に進めることの重要性が高まっています。2023年に日本政策金融公庫が実施した中小企業の事業承継に関する調査では、後継者が決まっている企業においても、承継時に懸念される課題として、「後継者の経営能力」、「相続税・贈与税の負担」、「後継者による株式・事業用資産の買い取り」が、上位にあがっています。
事業承継は、引継ぎ先によって、親族内承継と親族外承継に大別され、それぞれに異なるトラブルが生じる可能性があります。親族内承継では、経営者の資産相続をめぐる対立が生じることがあり、株式の分散が会社の重要な意思決定に影響を及ぼす事例も見られます。たとえば、経営者が取締役である長男を後継者に指名していたものの、自社株を長男に承継しないうちに亡くなったケースでは、遺産分割協議において長男が自社株の全取得を主張しました。しかし、別の会社に勤める次男が反対したため、法定相続分に基づいて株式が均等に分割されました。結果として、後継者である長男は経営判断に必要な議決権を確保することができず、事業運営に支障をきたしました。
一方、親族外承継の一例であるM&Aでは、買手から提示された条件に基づいて契約を締結したものの、契約成立後に契約不履行に発展する事例もあります。ある事例では、契約成立時点での株式の譲渡対価は低額でしたが、代わりに「一定期間後に、退職慰労金を支払う」という条件が契約に盛り込まれていました。しかし、契約に定めた期日を経過しても、退職慰労金が支払われず、契約不履行となり、当事者間で紛争が生じました。
こうした事業承継のトラブルを未然に防ぐためには、次のような対策を講じることが必要です。
①後継者候補を早期に明確にし、関係者の合意形成を図る
経営を任せられる後継者を早期に定めることで、従業員や取引先の理解を得やすくなり、後継者を支える体制づくりが可能になります。
②経営権と資産の分離
自社株などの経営に関わる資産は、生前贈与などで後継者に集中させることで、意思決定の一元化が図られ、円滑な経営が実現しやすくなります。
③定款整備や種類株式の活用
定款で無議決権株式や議決権制限株式などの種類株式の内容を定めることで、株式の分散による経営混乱への備えが可能になります。
④専門家(税理士・司法書士・弁護士)の活用
事業承継には、株式譲渡、税務申告、法人の変更登記など専門的な手続きが多数あるため、外部の専門家の支援を受けることが有効です。
⑤事業承継計画の早期作成によるトラブル防止
計画の策定過程で経営者と後継者が経営状況や課題を共有することで、引継ぎが円滑に進みます。
⑥家族間の対話
親族への説明や相続人の意向の把握など、家族間でのコミュニケーションの積み重ねも大切です。
事業承継は「経営のバトン」だけでなく、「家族の未来」を左右する重要なプロセスです。トラブルの多くは準備不足や誤解、感情のすれ違いから生じます。大切な会社と家族の絆を守るため、今のうちから後継者の方向性を明確にし、専門家を交えた多角的な対策を講じることが重要です。